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50代で家を買う|後半生を暮らす住まいとライフスタイル

50代で中古マンションを購入・リフォームした記録とその後の暮らし方・ライフスタイル

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カテゴリ:暮らし-断捨離

断捨離、片付けの効果・夫が変わった!

3年ほど前の引っ越しの際に、多くのものを処分しました。
現在も細々とですが、「いる」「いらない」の区別をして身軽な60代を目指そうと考えています。

最近、夫に多少の変化が見られるようになってきました。
本日はそんなことをまとめてみます。


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目次


 ・家族のものには手を出さない
 ・片付け方を提言することはある
 ・夫の小さな変化
 ・背中を見せる、姿を見せる
 ・まとめ


家族のものには手を出さない


引っ越しの際も現在も、断捨離や片付けをするものは私自身の持ち物と生活の中で使っているもの。
キッチンやリビング、玄関や洗面所など生活全般スペースにあるものです。

家族個人のものについては、基本的に本人任せです。
夫のものの内、衣類は本人に確認をしながら私が手を付けますが、それ以外は触りません。

仕事関係のものはもちろん、趣味のものも。
私には判断できませんから。


夫は捨てたがらない人、溜め込みがちの人です。
手を出して片付けてしまいたい気持ちはありますが、そこは物理的にも心理的にも境界線を引いています。

親しき仲にも礼儀あり。
夫の部屋内ならば、目をつぶってしまえば気持ちはラクになります。

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片付け方を提言することはある


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仕事柄、紙類が溜まりがちな夫の部屋。

  • いらない書類はその都度処分すれば溜まらない。

  • 不要なダイレクトメールはその場で処分。

  • 個人情報が入っているものはシュレッダーに。


などと話すことはあります。
それをすぐに実行できないのは忙しさからだとも理解しています。


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夫の小さな変化


最近リビングに置いてあるシュレッダーに書類を入れている姿をときどき見かけます。
「郵便物の住所と名前が入っているのは、ここに入れた方がいいんだよね」と言いながら。

毎回ではないようですが、少しずつそんなことをしようとしている様子です。

そんなときには
「うん、シュレッダーにかけておいて」と言うだけで、
「毎回そうすればいらない書類が溜まっていかないでしょ」なんてことは言わないようにしています。

小さな小さな変化とはいえ、せっかく自主的に行動しているのですから(笑)。

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背中を見せる、姿を見せる


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「親の背中を見て子は育つ」
子育てをしているとよく耳にする、目にする言葉です。

親に限らず身近にいる人の姿から影響を受けることはよくあります。
家族や兄弟姉妹、親しい友人、職場の同僚、先生・・・等々。

片付かない、ものが減らないことについて言葉に出して相手に文句を言うことは簡単ですが、軋轢が生じる可能性も大きいです。
ものが片付かないことよりも私にとって避けたいことは、一緒に暮らしている家族の間に生じるぎすぎすした感情。

30年以上夫婦をやっていると、相手にどんなことを言えば不協和音を生じやすいかはつかめてくるものです。
言いたいことを「我慢」するのとは違います。
飲みこんで我慢してしまうと、そのときは何事もなくても自分の中に黒い塊が少しずつ溜まっていき、いつかは大きな塊となってしまうでしょう。

「我慢」するのではなく、相手の状況を把握した上で言葉を選ぶ。
また言葉にするよりも、行動や姿で見せることの方が効果が大きければそちらを選ぶ。

即効性はありませんし時間がかかるかもしれませんが、効果があったときはより大きな喜びがあると実感しています。

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まとめ


断捨離や片付けは生活の一部。
生きている限り終わりはないものです。

引っ越しという大きなイベントがあった我が家では、それをきっかけに15年ほど暮らした住まいに溜まったものを処分しました。

その後も暮らしている以上、ものは増えるし暮らし方の変化に応じて必要なもの、必要でないものが変わっていきます。

暮らしの変化にも対応しながら、自分たちのライフスタイルに合った断捨離の仕方、片付けの仕方を模索していきたいと考えています。
身軽で穏やかな60代を目指して。

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「死のお片付け」|写真の整理、処分、断捨離を考えてみた

Twitterのタイムラインで見かけたスウェーデン式の断捨離「死のお片付け」。
ニューズウィーク日本版の記事です。

この記事を読んで特に考えさせられたのは、思い出の詰まった写真についてです。
写真の整理、処分、断捨離について考えてみました。


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目次


 ・「死のお片付け」とは
 ・「死」という言葉にドキッ!
 ・見られたくないものの処分
 ・写真の処分
 ・まとめ


「死のお片付けとは」


Twitterのタイムラインに流れてきたのは、下記のツイートです。

「死のお片付け」についての詳細をお知りになりたい方はツイート内のURLをクリックすれば記事をご覧になれます。


要約すれば、こんまりさんのお片付けのように「ときめくか」「ときめかないか」でとっておくかどうかを決めるのではなく、「とっておいたら誰かが喜んでくれるか」を判断の基準にする、ということです。

  • 自分の死後を想像しながら自分のものを整理、処分する。

  • 遺された人、自分の死後に整理をする人の立場に立って考える。


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「死」という言葉にドキッ!


断捨離、片付けが切実に必要だと実感した年末の出来事」という記事に書いたように、誰にとっても「その日」は必ずやって来ます。

「断捨離」や「終活」といった言葉と違って「死」という言葉が付くと何やらドキッとしますが、「死のお片付け」は不吉なイメージのお片付けではありません。

「死のお片付け」という考えのもとになっている本を書いたマーガレット・マグネソン氏はインタビューで、このお片付けを始める年齢は65歳ぐらい、早すぎることは決してないと述べているそうです。

「死」という言葉を使ってはいますが、考え方は日常の片付けや整理、断捨離にも大いに役立つものだと思います。
特に自分のものに関しては。

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見られたくないものの処分


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断捨離や片付けを始めるのに、まずは普段使っているもの、洋服や食器類などから進めていく方が多いでしょう。

普段はそれほど必要としていないものは、ある程度身の回りのものが片付いてからになると思います。

普段はそれほど必要とはしていないけれどとっておきたいもの。
写真やアルバム、日記や手帳、手紙などがそれにあたるものでしょう。

これらは自分が見返すには思い出に浸れていいでしょうが、自分の死後どうなるかと考えたら・・・。
日記や手帳、手紙など見られても気にしないという方もいるでしょうが、ちょっと気恥ずかしい、できたら見ないでほしいと私は思います。

ならば自分で処分するしかありません。
とはいっても、思い出が詰まっているものだからこそ捨てがたいものですよね。
マーガレット・マグネソン氏が「死のお片付け」を始める年齢は65歳ぐらいからと言っているのも、そんな気持ちとの兼ね合いからなのかもしれません。

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写真の処分


写真などは当人にとっては思い出もあるし大事なものでしょう。
家族と一緒に昔の写真を見返す時間は、和やかで幸せなひとときです。

でも関係者以外の人にとっては大したものではないだろう、ということも十分想像できることです。

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母の実家が建て替えになったとき、母は義妹(私の叔母)からいらないものだからと写真を受け取ってきました。
母の母(私の祖母)に関する写真がほとんどでした。

祖母は50代後半で亡くなっています。
そんな祖母の写真は母にとっては実母の大事なもの。
叔母にとっては、叔父と結婚したときにはとうになくなっていた姑の写真。
見知らぬ人の写真に等しいものでしょう。

「いらないものだから」という表現が適切であるか不適切であるかは受け取る人によっても異なるでしょうが、母にとっては「なんてひどい言い方!」となったようです。
まぁそれはさておき、写真なんてそういった類のものなのでしょう。

思い入れのある人にとっては、捨てるなんてとんでもない!というもので、他人にとっては処分に困ったもの。
叔母が母に託した気持ちは十分に理解できます。
ほぼ見知らぬ人に等しい姑とはいえ、人が写っている写真を処分するのは身内だからこそ躊躇するものでしょう。

マーガレット・マグネソン氏には、「死のお片付け」をしても残ったものを入れた箱があるそうです。
写真や手紙など個人的に思い入れのある品々が入っている箱。
これらは死後に家族が内容を吟味せずに処分していいことになっているそうです。

開封せずに処分というのはいい方法だと思います。
その箱に入れるものを選ぶためにも、「死のお片付け」が必要なのでしょう。

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まとめ


「死」という言葉はあまり使いたくない不吉な印象がありますが、誰にとっても避けられないことです。

日常生活を気持ちよく過ごすための断捨離や片付けの先に、自分の死後にできるだけ課題を残さずに生活するための「死のお片付け」があるというのが私なりの理解です。

毎日の生活を快適に、そしてその積み重ねで人生も快適になるものだとTwitterのタイムラインに流れてきた記事から考えました。

体の動くうちに、自分でできるうちに。
体力が多少なりとも衰えてきた50代になってから、いつも頭の片隅で考えていることです。
ほんの少しずつでも毎日継続していきたいものです。

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断捨離、片付けが切実に必要だと実感した年末の出来事

築13年の中古マンションを購入し、ほぼ全面リフォームをして暮らしています。
引っ越してきて約3年。
引っ越しの際にはいい機会だとかなりのものを処分してきました。

現在でも生活しながら少しずつ不要なものを処分するようにしていますが、「いつでもできる」という気持ちがないわけではなく、引っ越しのときのようなペースでは処分できていません。


そんなのんびりした気持ちではいけないと思わされるような出来事が年末にありました。
同年代の親戚が急に亡くなったのです。
何の前触れもなく突然。


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目次


 ・私が片付ける理由
 ・私が断捨離する理由
 ・息子たちに負担をかけたくない
 ・「その日」は必ずやって来る
 ・まとめ
 

私が片付ける理由


片付けは特別な行事やイベントではなく、暮らしている中で必要なことの1つです。
そんな当たり前のことですが、何のために片付けるのかを考えてみました。

  • すっきり暮らしたいため

  • 快適な環境で暮らしたいため

  • 家族がものの在り処を把握できるようにするため(私が留守でも、万が一のことが起きても)


日々の生活の中では、上2つをメインの目的として片づけをしています。
でも一番大事なのは3つ目だと考えています。

切迫流産で4週間入院したとき、虫垂炎の手術で1週間入院したとき、母の介護問題で実家に数週間ずつ度々滞在するとき・・・。
そんなときに家族の誰もがものの在り処を知っているということは、生活が滞らずに済むということにつながりました。

あるいは在り処を知らなくても、クローゼットや戸棚などを「開けたらわかる」という状態にしておくことが必要です。

OL時代に上司に言われた言葉を思い出します。
「自分だけがわかっていればいいんじゃない。誰が見てもわかるようにしておきなさい」

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私が断捨離する理由


断捨離をする理由についても考えてみました。

  • 片付けをラクにするため

  • 半世紀以上生きてきて、不要なものはもう持っていたくないため

  • 将来自分がいなくなったときに、息子たちに片付ける手間をかけさせたくないため


ものが少なければ片付けるのもラクになります。
毎日の生活の中ではこの点を一番に考えています。

50代半ばになった今、断捨離や片付けをする上で重要視したいのが3番目です。

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息子たちに負担をかけたくない


実家と義実家、合わせて3軒の家の片付けや後始末が将来控えています。
90代、80代半ばと高齢になった親たちの様子を見ていると、本人たちには日常の片付け以上のことはできないのが明白です。

3軒の家のものの量を考えると、どれだけの労力が必要かと正直今からうんざりすることもあります。
そんな思いを息子たちにさせたくはないし、時間的にも不可能なことです。

これから先の断捨離、片付けの大きなテーマです。

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「その日」は必ずやって来る


年末に親戚が急に亡くなりました。
ある日突然に。

まだ50代後半。
私は年末に55歳になりましたが、年齢が近い分かなり堪えました。
いつ自分もそうなるかわからないという思いでいっぱいでした。

「片付けなきゃ、整理しなきゃ、処分しなきゃ」
お念仏のように唱えるだけでは何も解決しません。
が、日々の生活に追われているとそうなることもしばしばです。

毎日ひとつずつでも、1ヶ所ずつでもすっきりとさせていきたい。
年末の出来事に切実にそう思いました。

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まとめ


いつでもできる。
明日やればいい。

そんな気持ちで先延ばしにしてきたことがたくさんあるように感じます。
ものの処分もそのひとつ。

「引っ越す」という明確な目的があるときには、ことのほか作業がはかどりました。
生活がすっかり落ち着いてしまった今、はっきりとした目的がないと段々と腰が重たくなってくるのが私の実情です。

大きな目標ではなく、小さく区切った目標に向かってなら継続していくことができるでしょう。
「息子たちにかける負担を最小限に」という大きな目標に向けた小さなステップを具体的に明示し、モチベーションを上げていきたいと思います。

体が思うように動くうちしかできないことですから。


暮らし方の参考になる記事が集まっているブログ村テーマです。
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捨てられない気持ちは捨てなくてもいいんじゃない?|新聞投稿を読んで考える

先日新聞のある投書が目に留まりました。
85歳女性が投稿した「着物が捨てられない」というものです。

処分して、捨てて身軽になる。
頭では理解していても、いざ行動に移すとなるとためらってしまう。
経験のある方は多いことでしょう。

3年前の引越しを機に、多くのものを処分した私もそうです。




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■目次


 右向き三角1写真で保存する
 右向き三角1ものは処分できても気持ちは処分し切れない
 右向き三角1捨てられない理由に気づく
 右向き三角1ものを大事にする
 右向き三角1まとめ


■写真で保存する


まだまだ手放せないものを多く持っています。
それらの多くは、誰かとの繋がりのあるもの、誰かとの思い出があるものです。
繋がりや思い出を断ち切ってしまうようで、手放せないでいます。

写真に撮っておくことで保存し、そのものは処分するというのはよくある方法です。
子どもの小さい頃の服やおもちゃ、作品などをそんなふうに小さくして保管することを実践されている方も多いでしょうね。

息子の高校時代の制服を写真に撮って保存してあります。
制服を処分する際に、ボタンだけ外して保管しました。

たぶん息子本人は制服をそれほど気には留めていないでしょう。
私自身の気持ちのために、息子の成長の証としてとっておきたいと思うものの1つです。

幼稚園や小学校の制服、かばんは写真がたくさんあるので、迷いなくすっぱりと処分できました。


■ものは処分できても気持ちは処分し切れない


目の前にいる、成長し続ける子どものものの処分は、気持ちの切り替えが比較的しやすいと感じています。

もう目の前にはいない人、そう遠くない将来にいなくなってしまうであろう人、例えば亡くなった親や祖父母、年老いた親から譲り受けたものや与えてもらったものの処分については、そんなに簡単に気持ちの切り替えができません。

処分して身軽にはなったけれど、心は重くなったのでは本末転倒ではないかと思います。

先の投稿者も断捨離というものを理解はしているものの、処分するのかと考えると涙が出たそうです。

年齢的に片付けなくては・・・とは思うものの、着物を眺めてみると思いが深く大事なものばかり。
かといって体がつらくてもう着れない。
着れないけれど捨てられない。

思いが深く込められたものは、そう簡単には捨てられないものだと綴っていました。


■捨てられない理由に気づく


要らないもの、使わないものを処分してすっきり暮らしたいと常々思っています。
それでも捨てられないものがあります。

処分しようかどうしようか迷っているものは、いったん広げて手に取ってみます。
手に取ることで、そのものへどんな気持ちがあるか気づくこともあるでしょう。

愛着があって捨てられないのか、誰かとの思い出があって捨てられないのか、あるいは何か別の理由があるのか・・・。
なぜ処分できないのかその理由に気づいたとき、あっさりと残しておこうと思えるものです。
そして残しておくスペースがあるなら、気持ちよく置いておけばいいと思っています。


■ものを大事にする


捨てられない理由に気づいたとき、そのものへの愛着がさらに深まるでしょう。
理由が明確であれば、心もすっきりとしているからです。
愛着が深まれば、今まで以上に大事に扱うようになります。

義母の形見として夫は黒留袖を選びました。
手を入れないと私には着ることができないものですが、夫はそのままでいいからとっておいてほしいと。

「私たちの結婚式に義母が着てくれたもの」として置いておきたいそうです。
その言葉に保管場所を確保してしまってあります。

私が義母に買ってもらったショートコートも保管してあります。
デザインが古いのでもう着ることはありませんが、一緒に買いに行った思い出もそのコートにあるからです。

■まとめ


身軽になってすっきりしたい。
でも生きてきた年数分だけ様々な思いを抱えています。
そしてそれはその人にしかわからないもの。

自分の気持ちと折り合いをつけながら、マイペースで断捨離を続けていきたいと思っています。
捨てないものがあってもいいんじゃない?
そんな気持ちも大事にしたいです。

ものの処分の仕方、ものへの思い、様々な考え方があります。
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履かない靴はゴミと同じ!|履いていなかった靴の状態にビックリ!

夏物の靴の手入れと片づけをする際に、今持っている靴をチェックしました。
履けるか履けないか、履くのか履かないのかを確認するためです。

こんな記事も書いています。



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処分対象の靴を見つける


ほとんどの靴は今後も持っておこうと思うものばかりでした。
ただ1足だけは処分の対象に。

数年前に購入したものですが、履いたのは数えるほど。
ヒールが6センチ。

今の私にちょうどよいのは4センチほどのヒール。
たった2センチでも足への負担はかなり違います。

久しぶりに出したその靴は、内側がぼろぼろ剥がれていました。

内側が剥がれた靴.JPG


靴を処分した理由


このまま履けば剥がれたものがストッキングについてしまうでしょう。
靴を脱ぐ場面があるお出かけのときには、恥ずかしい思いをすることが目に見えています。

ミスターミニットのような靴の修理をしてくれるお店に持ち込むことも考えましたが、費用と今まで履いた頻度を考えるとお金をかけて直すようなものではないと判断。
処分することに決めました。



靴の修理に[MISTER MINIT]クーポン

OL時代には会社帰りに靴の修理によく通いました。
毎日履くパンプスは、何足か交代に履いてもかかとが減ったりゴムの部分が取れてしまったり。
会社のそばの駅ビルにあった修理店にお世話になったものです。


靴を処分する気持ちの変化


いくつも靴を持っていても、一度に履けるのは1足のみ。
私のお出かけの機会や頻度を考えると、今持っている靴の数もまだ多いかもしれません。

でも今はここまで。
自分の気持ちに沿って処分するかまだ持ち続けるかを決めます。

時間が経てば心持ちがまた変わるかもしれません。
そのときにまた判断すればよいと思っています。


まとめ


それにしても、足の形って年とともに変わるものですね。
履けていた靴がきつくなるなんて若いころには考えられませんでした。

それもまた、断捨離の基準の1つとなるのならよしとしましょうか。
手元に残した靴は、これからも大事に履いていきたいです。

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ホットカーペットを処分し押入れをスッキリさせる

3年前の引っ越し以前に住んでいた住居は和室が多く、押入れがたっぷりありました。
収納が多いのは便利な反面、奥行きのある押入れに使わないものを入れてしまうと、日の目を見ないものも増えていきます。

当時持っていたホットカーペットは3畳タイプ、2畳タイプ、1畳タイプの3つ。
引っ越しの際に3つとも新居に運び入れました。
今回そのうちの3畳タイプを処分しました。


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3畳タイプのホットカーペットの用途


息子たちまだ小学生のころは、6畳の和室に家具を何も置かず家族の寝室として使っていました。
家具を置かなかったのは地震の際の安全のため。

何も置いていないので、日中は子どもたちが遊ぶのにも使っていました。
友だちを連れてきて遊ぶのにちょうどよい場所として。
暖房用として3畳タイプのホットカーペットを重宝していました。

高学年になって子供部屋を用意し、6畳和室にはタンスが2棹入って狭くなりホットカーペットは用済みに。
それでもまた使うことがあるかもしれないとずっと保管しておきました。


「使うかもしれない」はやはり使わない


その後このホットカーペットが出されることは一度もなし。
「いつか使うかもしれない」のいつかはやって来ませんでした。
「使うかもしれない」はやはり「使わない」の典型的パターンです。

それでも懲りずに処分することなく、現在の住まいにも運び込んでしまいました。


引っ越し先に運び込んだ理由と処分を決めた理由


リビングが広くなったので、そこで使えるかもしれないと思ったのが引っ越し先にこのホットカーペットを運び込んだ理由です。

3年前の秋に今の住まいに転居し、ホットカーペットを広げてみましたが微妙に大きい。
向きを変えてもやはり大きい。
結局また押入れ行きです。

そんなホットカーペットを処分しようと思ったのは昨秋。
押入れスペースが勿体ないからというのが大きな理由です。

日中は私しか家にいないのに、そんな大きなものは必要ないと今さらながら気づいたことでも踏ん切りがつきました。

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ホットカーペットの処分方法


私が住んでいる自治体では、粗大ゴミとして無料で処分することができます。
実家や夫の実家のある自治体では粗大ゴミとして有料で。
最近は粗大ゴミの処分に有料のところが増えてきました。

無料の自治体に住んでいることも、引っ越し時に処分しなかった理由の1つかもしれません。
いつでも処分できるという安心感からです。
費用がかかれば、引っ越しのときにまとめて業者に依頼した方がお得だと判断したでしょう。




まとめ


押入れに余裕ができたので、ものの出し入れが随分とラクになりました。
我が家の押入れは1間分で3段に分かれています。



使い勝手の悪い一番上の段に入れておいたのですが、大きなホットカーペットの箱があることでさらに使い勝手が悪くなっていたようです。

「使いかもしれない」「まだ使えるから」はものを大事にするという側面はありますが、生活がしにくくなるという面もあります。

どちらを優先させるかは気力や体力にも関係してきます。
大きなものの処分には体力が必要です。

50代半ばの今、今後の暮らし方も踏まえて持ち物をチェックし、それらをどうするべきか真剣に考えるべきときだと感じています。


収納や片付け、ものの処分の仕方の参考になる記事があります。
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引っ越し準備は脳が断捨離モードになる|妹と語った引っ越しとものへの思い

3年前の秋に今の住まいに引っ越してきました。
妹もその数年前に引っ越しを経験。

先日電話でお互いの引っ越しのときのものに対する心境や、ものの処分の仕方などを語り合いました。
引っ越し準備をしているときの心持ちは、意外と共通しているものだと気づきました。


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引っ越しは断捨離の絶好の機会


ものを片付けたり処分したりするのには多くのエネルギーが必要です。
とりあえず家の中にものが収まっていると、片付けや処分は後回しにしがち。
足の踏み場もないほどものがあふれているのでなければ、日々の生活が優先されますからね。

引っ越しとなると、それらのものすべてをいったんは出さなければなりません。
押入れやクローゼットの奥の方に入ってしまい、日ごろ目にしなくなっていたものも再び目にすることに。

新居に「いる」「いらない」、新居で「使う」「使わない」、新居に「入る」「入らない」など、それらをどうするか判断しなければならなくなります。


引っ越しは脳が断捨離モードになる


妹と話していて共通していたのは
「引っ越しのときは、何か特別なエネルギーが出ていて捨てまくっちゃうよね」
という点です。

ものを処分しているとき、「捨てモード」「断捨離モード」になっているときは、通常とは異なる脳内物質が出ているのかしら・・・と思うほどです。

「あとで、何で捨てちゃったんだろうと思う」と言ったのは妹。
「あったはずと探してみて、捨てたことを思い出す。なくても別に困らないんだわと思う」と言ったのは私。
ここは姉妹でも異なる点です。

引っ越し後しばらく経ってから、捨てたことをすっかり忘れてしまって探すということが何度かありました。

「へ〜、私ってあのときそんなに潔く捨てちゃったんだ」
「ホント?どこか別の場所にしまったんじゃない?」

そんなことを考えながら探すけれどもどこにもない。
かといって、それがなくても生活に支障はない。
ってことは、処分してOKだったんだとようやく納得。
そんなことがたびたびありました。


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引っ越しでものを処分する方法


  • 使ってもらえる人に譲る

  • 先に引っ越しをした妹は、友人たちからの結婚式の引き出物の食器を私に送ってきました。
    若いころからのものですからいくつもありました。
    一人暮らしでは食器は自分の物プラスアルファでいいという思いだったそうです。

    そのときに妹が言ったのは
    「気に入ったものは使って。そうでないものは子どもたちの学校のバザーに出して」でした。
    次男の学校ではバザーがありましたからいくつも提出しました。


  • リサイクルショップなどで売る

  • 手間はかかりますが、フリーマーケットや買取店に出してで売る方法もあります。
    私は本を処分するのに買取店を利用しました。



  • ゴミとして捨てる

  • 人様に譲れるものでもなく売れるものでもなければ、最終的にはゴミとして処分するしかありません。
    処分の方法は自治体によって異なりますから注意が必要です。



引っ越しとものの理想的な関係


引っ越しが決まったら、荷造り前からものの行き先を決めるのが一番ラクです。
新居に持って行くのか、何らかの方法で処分するのか。

引越し間際になり荷造りに追われてくると、判断力が鈍る可能性があります。
あとになって捨てなければよかったと後悔しないためにも、判断力がしっかりしているときに行き先を決めるべきです。

新居と旧居とで収納スペースに差がある場合もあるでしょう。
広くなるならまだしも、収納スペースが狭くなるようなら持って行くものを慎重に決めなければなりません。

理想は必要なものだけ、気に入ったものだけを持って行き、収納スペースにもゆとりがあることでしょう。
なかなかそうはいかないのが現実ですが。

一番困るのは荷造りが間に合わず、とりあえず新居に持って行ってしまうことです。
夫がこのパターンでした。
衣類などの身の回りのものは別として、夫自身のものは自分で荷造りしたため最終的にはとりあえずで運んでしまいました。
自分の責任で片付けると言ってはいますが、まだ段ボールに入ったままのものもあります。


まとめ


引っ越しはものの整理や処分をするのに絶好の機会です。
秋は1年の中で引っ越しの多い時期の1つ。
ぜひともこの機会を上手に使って心地よい暮らしをスタートさせてくださいね。

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夫のハンカチを断捨離|【捨て基準】は夫婦でも異なる

夫のハンカチの使い方を見ていて、同じようなものしか使っていないことに気がつきました。
ハンカチっていつの間にかたまっていませんか?

使っていないものがあるならスッキリさせてしまおうと、夫に「いる」「いらない」の選別を頼みました。

私が「もういらないんじゃない?」と思っていたハンカチが残されたり、「このハンカチはまだ使うでしょう」と思ったものがそうでなかったり。
意外なことがわかって面白かったです。


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夫に選別を頼んだ理由


大きな理由は次の2つです。

  • 夫の持ち物だから

  • 使い勝手は本人にしかわからないから


仕事関係のものは別として、夫が身の回りのもの特に衣類関係を自ら処分することはまずありません。
いつも私が声がけを。

「いらないものは処分していこう」という気持ちをあらためて共有するためにも、夫に選別を頼みました。


ハンカチを捨てる基準


処分する理由として考えられるのは、次のようなものだと思います。

  • 古くなった

  • 柄が気に入らない

  • 水分の吸収力などの使い勝手が悪い


この基準で10枚のハンカチが処分の対象になりました。
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ハンカチを残す基準


捨てる基準だけでなく、残す基準もあると思います。

  • 使う頻度が高い

  • 色、柄など気に入っている

  • 使い勝手がよい


これらのほかに夫の中に「残す基準」があったようです。
古くなって使わないけれど、とっておきたいもの


持ち主本人にしかわからなものへの思いがある


古くなって使わないけれど、とっておきたいもの

この基準に当てはまったハンカチが2枚ありました。
2枚とも数十年前のものです。

生地は薄くどちらかといえば吸収力の弱いもの。
色も柄も褪せています。

それでも残しておきたい気持ちは夫のもの。
私が触れる部分ではありません。
たかがハンカチといえども、夫に処分の選別を頼んでよかったと思いました。

私ならこのハンカチをまだ使うだろうと思ったものでも、夫が「捨てる」に選んだものが何枚かありました。
かなり細かくそれらの使い心地を説明してくれました。
使い勝手、使い心地は使っている人にしかわからないものですね。

残したハンカチは12枚。
毎日2枚ずつ使っていますが、これだけあれば十分です。
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まとめ


夫婦ともに50代半ばとなり、これから先のことも考えて身軽になっていきたい、気に入ったものを大事に使っていきたいという気持ちは共有しています。

家の中のことは私に任せてくれていますが、個人のものはやはり本人が処分するかしないかを決めるのがいいと思っています。

ハンカチという小さなものでも思いが別々だということがわかり、その思いを強くした今回の断捨離です。


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