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GWに実家へ行き、グループホームに入居している母の元を訪れました。

父は毎日母に会いに行っています。
母の好物の甘いものと古い写真を携えて。

色あせた古い写真が母の記憶を呼び戻すきっかけになっているようです。



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親世代にとっての快適な空間


実家へ行ってはせっせと片付けや整理をしていた時期がありました。
今では大きな片付け物はせず、衣替えや季節ものの収納の手伝いをする程度です。

テーブルの上が多少乱雑にになっていても、それで父が過ごしやすいのであればよしと思っています。

90を過ぎた父にとっての快適な空間とはきれいに整理整頓された家ではなく、長年見慣れた場所に収納してあって探すことなく出し入れできることや、安全を重視した環境です。

親の家を片付けるときのNGワード・我が家の場合」という記事に書いたように、高齢の親にとっては「身の回りを片付けること」イコール「死への準備」と感じることもあるようです。

若い世代と高齢者とでは「死への準備」の意味が全く異なると思います。



捨てなくてよかった両親の昔の写真


最近父の身近に増えたものは、古いアルバムからはがしてきた母の写真です。

母1人が写った昔のブロマイドのような(笑)写真。
結婚前に母の両親や兄弟姉妹と撮った写真。
両親の結婚式の写真や新婚旅行の写真。
私や妹たちが一緒に写っている写真・・・等々。

父は写真を撮ることが好きでしたから、実家には多くの写真があります。
これらはそう遠くない将来に両親が亡くなった後は、何らかの形で処分、処理しなければならないものです。

それでも今は両親にとって大いに役に立っているものです。
私たちにとっても母との会話の仲立ちとなってくれるもの。

両親が昔の写真を挟んで会話をしているのを見ると(会話と言えるようなものではないときもありますが)、処分しなくてよかった、捨てなくてよかったと感じます。
母の記憶は現在よりも過去にあるようですから。


デジタルよりも手に取れる写真の効用


写真に限らず増えていくものは、手放してしまえばすっきりと片付くという利点があります。
写真であればデジタル化してしまえばコンパクトに保存できます。

でも80代、90代という年齢は超アナログ世代です。
スマホやタブレットで見る写真よりも、手に取って触ることのできる写真の方がリアルな感覚でそのときがよみがえってくるようです。

色あせたセピア色や紙の質感は「記憶」を引き出すのに役に立つのだと感じます。
認知症が進んだ母にとってはなおさらです。


写真の整理、処分は本人が


写真の処分は持っている本人がするのが一番いいと思っています。
家族であっても自分のものでないもの、ましてや人が写っている写真は気持ち的に処分しにくいからです。

整理や処分の方法はその人によって異なるでしょう。
気持ちや思い出をどう断捨離するか。

まずはそこを考えて気持ちの整理をしてから、写真の整理に手をつけたいと思っています。


まとめ


父の趣味の1つは写真を撮ること。
私が子どものころの写真もたくさん撮ってくれて、一言を添えたアルバムを何冊も作ってくれていました。
それらは私の宝物として手元にあります。
たぶん今後もその数冊のアルバムはそのまま置いておくことになると思います。

私が処分しようと考えている写真は、学生時代やOL時代のスナップ写真。
もう手放していいと思えるものがたくさんあります。

息子たちが将来処分に困ることのないよう、60代までには手をつけたいものの1つです。

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